8 獲得形質について
「獲得形質は進化の一要因であり、現生生物学的には証明されている」
「体制の原則に沿った獲得形質は進化には反映する」
さて獲得形質とは一般的に環境の影響による体の変化の遺伝、進化です。これを井尻は「外因の内因への転化」と捉えています。その通りなのですが、環境が進化に発展するには、外的環境の影響が遺伝子を初め体の隅々に取り込まれ(反映し)、安定的に形態発現する(表現形質)ようになるまでの定着の過程、さらにこれが幾世代も遺伝し、環境への適応(また環境を変えることもある)によって繁栄にいたる過程が必要です。環境の作用が遺伝子に影響を与えてもそれだけでは進化に結びかないということが大切な点です。
別の味方をすれば、環境からの影響によってバランスが崩れる、という問題でもあるのです。
つぎに生殖によって次世代に引き継がれなければなりません。このように変化した体の一部の細胞が生殖細胞へ影響を与ええるのでしょうか。この問題については、体を一つの系として考える必要があります。細胞と細胞、細胞と組織、細胞と器官、器官系、個体の連携と調和がつねに律動的に保たれている系が個体(体)である、と言うことです。
一つの変化は体全体で反応します。それは、体の一部に変調を起こしたときに思考や行動の変化が現れること、骨などに成長線が現れることからも十分推定できることです。(これは体の調和のとれた律動、周期性の問題であり、自律神経やホルモンの問題です。その具体的な経路については解剖学の大きな課題でもあります)
注:体のバランス調整のためには補償作用(相補性)が必要です。この概念は何万年にもわたる進化にとって重要な原則的要因ですが、現時点では残念ながら神経や心理学の一部でのみ扱われ、生物学や医学一般では相補性自体、ほとんど議論の対称にっていないのが現実です。相補性は左右の手が違う動きで一つの目的を達成するなど、ありとあらゆるところにみられる身近な問題です。
いっぽう、減数分裂が停止していると考えられている卵子はどうでしょう。卵細胞は胎生期に卵母細胞の第一減数分裂が始まり、分裂前期の網状期のまま排卵近くまでその状態を保つ、ということが一般的にみとめられています。10年以上も核の分裂前期の状態のままで、思春期以降に至り排卵に際して一卵子ずつ減数分裂が再開され完成するのです。
しかし、10年以上も細胞や核が変化しないなどというのはあり得ないことです。細胞は常に代謝をしています。細胞質は常に新しくなっているのです。前記の如く環境は遺伝子のみならず細胞質へも常に影響を与えています。むろん卵母細胞の周囲を取り囲む卵胞細胞も卵母細胞へ常に影響を与えているはずです。ですから卵母細胞(正確には第一減数分裂の前期の網状期にとどまっている卵母細胞)はつねに遺伝子も細胞質も環境の変化を受けていると考えるのが普通だと私は考えています。
このように環境(環境も細胞間も)は生殖子(配偶子)へ常にしかも確実に影響を与えています。この環境の影響下に生殖細胞は受精し卵割し個体形成が行われるのです。それだけでは環境が取り込まれ安定した遺伝子になるにはまだ不十分です。
変化した遺伝子は劣性遺伝子となることが多く、対立遺伝子によって従来の安定した発現形質の分化に落ち着くと考えられるからです。変化した遺伝子は、多くの場合不安定な遺伝子あるいは劣性遺伝子なのです。これが次世代へ安定的に伝えられるには同じ環境で少なくとも万年単位の繰り返しがなければならないだろうと推定できます。これは全く実験不可能な推論なのですが、十万年単位で古生物学的な「種」が確立することを考えればそれほど大きな間違いではないでしょう。突然変異をふくめて変異が種へ変わるとの推定はできるのですが、この立証は時間の壁が立ちはだかっています。
これを乗り越えるのが、7の変異の定着での議論です。体制の原則に沿った変化であれば安定化して長期に歴史的時間で繰り返す可能せいが大きく、進化につながる可能性が高いと言うことです。