8 獲得形質について

獲得形質は進化の一要因であり、現生生物学的には証明されている

体制の原則に沿った獲得形質は進化には反映する

  獲得形質については色々議論がありますが、私は自然淘汰、定向進化などとともに進化の重要な現象で進化の様式=型の一つと考えています。獲得形質、換言すれば、環境の遺伝子への取り込み(外因)について古生物学から提唱されたものです。近年は細胞へのいろいろな刺激がDNAへ逆転写する現象も明らかになり、現世生物学的には獲得形質がより現実性の高い現象となっています。そして生物を地球規模から振り返るならば、生命が地球環境から生まれたことをはじめ、その後の進化過程を振り返ると、周期性をふくむ体の原則はすべて環境から獲得し環境が反映した形質、つまり獲得形質なのです。

さて獲得形質とは一般的に環境の影響による体の変化の遺伝、進化です。これを井尻は「外因の内因への転化」と捉えています。その通りなのですが、環境が進化に発展するには、外的環境の影響が遺伝子を初め体の隅々に取り込まれ(反映し)、安定的に形態発現する(表現形質)ようになるまでの定着の過程、さらにこれが幾世代も遺伝し、環境への適応(また環境を変えることもある)によって繁栄にいたる過程が必要です。環境の作用が遺伝子に影響を与えてもそれだけでは進化に結びかないということが大切な点です。

では具体的にみることにします。まず遺伝子が環境からの影響を受けることについては、生物学的結果では大まかな過程が明らかとなっています。すなわち、細胞への張力や圧力などあるいは化学刺激などの環境因子がRNAを介してあるいは直接に遺伝子(DNA)へ影響し変化を起こすことが明らかになっているからです。さらに、DNA以外の細胞全体を始め個体の各階層も当然影響を受けているという点が肝要です。これを延長すれば種あるいは属などの個体の集合も当然影響を受けざるを得ないと考えられます。

別の味方をすれば、環境からの影響によってバランスが崩れる、という問題でもあるのです。

つぎに生殖によって次世代に引き継がれなければなりません。このように変化した体の一部の細胞が生殖細胞へ影響を与ええるのでしょうか。この問題については、体を一つの系として考える必要があります。細胞と細胞、細胞と組織、細胞と器官、器官系、個体の連携と調和がつねに律動的に保たれている系が個体(体)である、と言うことです。

一つの変化は体全体で反応します。それは、体の一部に変調を起こしたときに思考や行動の変化が現れること、骨などに成長線が現れることからも十分推定できることです。(これは体の調和のとれた律動、周期性の問題であり、自律神経やホルモンの問題です。その具体的な経路については解剖学の大きな課題でもあります)

さて、体細胞、その遺伝子などが変化して生殖細胞へ影響し遺伝子が変化しても安定的な形態形成因子となるためには、遺伝子だけではなく体細胞全体の細胞質も遺伝子が安定的に作用するように変化しなければなりません。たとえ酵素一つ違っても遺伝子発現は阻害されてしまうからです。もっともこのような場合は隘路があり、補償作用(相補作用)によって遺伝子発現が行われることもあります。

注:体のバランス調整のためには補償作用(相補性)が必要です。この概念は何万年にもわたる進化にとって重要な原則的要因ですが、現時点では残念ながら神経や心理学の一部でのみ扱われ、生物学や医学一般では相補性自体、ほとんど議論の対称にっていないのが現実です。相補性は左右の手が違う動きで一つの目的を達成するなど、ありとあらゆるところにみられる身近な問題です。

 つぎに生殖細胞が変化を起こさなければなりません。精子形成は原始生殖細胞あるいは精祖細胞(精細管)が思春期以降減数分裂を起こすものであり、環境の変化を受けやすい不安定な核分裂です(むろん細胞質も影響を受けますが、受精にあたり精子の細胞質は殆ど卵細胞へ入らないため、関与しないというのが現時点での結果ですのでいちおうこれを省きます。しかし私はそう考えてはいません。)。これは突然変異が遺伝子でもよく認められることからも理解できます。

いっぽう、減数分裂が停止していると考えられている卵子はどうでしょう。卵細胞は胎生期に卵母細胞の第一減数分裂が始まり、分裂前期の網状期のまま排卵近くまでその状態を保つ、ということが一般的にみとめられています。10年以上も核の分裂前期の状態のままで、思春期以降に至り排卵に際して一卵子ずつ減数分裂が再開され完成するのです。

しかし、10年以上も細胞や核が変化しないなどというのはあり得ないことです。細胞は常に代謝をしています。細胞質は常に新しくなっているのです。前記の如く環境は遺伝子のみならず細胞質へも常に影響を与えています。むろん卵母細胞の周囲を取り囲む卵胞細胞も卵母細胞へ常に影響を与えているはずです。ですから卵母細胞(正確には第一減数分裂の前期の網状期にとどまっている卵母細胞)はつねに遺伝子も細胞質も環境の変化を受けていると考えるのが普通だと私は考えています。 

このように環境(環境も細胞間も)は生殖子(配偶子)へ常にしかも確実に影響を与えています。この環境の影響下に生殖細胞は受精し卵割し個体形成が行われるのです。それだけでは環境が取り込まれ安定した遺伝子になるにはまだ不十分です。

 変化した遺伝子は劣性遺伝子となることが多く、対立遺伝子によって従来の安定した発現形質の分化に落ち着くと考えられるからです。変化した遺伝子は、多くの場合不安定な遺伝子あるいは劣性遺伝子なのです。これが次世代へ安定的に伝えられるには同じ環境で少なくとも万年単位の繰り返しがなければならないだろうと推定できます。これは全く実験不可能な推論なのですが、十万年単位で古生物学的な「種」が確立することを考えればそれほど大きな間違いではないでしょう。突然変異をふくめて変異が種へ変わるとの推定はできるのですが、この立証は時間の壁が立ちはだかっています。

 これを乗り越えるのが、7の変異の定着での議論です。体制の原則に沿った変化であれば安定化して長期に歴史的時間で繰り返す可能せいが大きく、進化につながる可能性が高いと言うことです。

 以上は遺伝子を中心に考察を加えましたが、細胞全体として変異すること、体を系として捉えること、変異の定着は体制の原則と時間が重要な要素であることを訴えたいと思います。同時に、獲得形質は、(環境への)適応(適応放散)、自然淘汰、あるいは定向進化の基礎でもある変異の一つの現象であり様式=型なのです。

 このようにして獲得形質が成り立つと推定できますが、この過程で環境に合わない変化を起こした生物は消失することが圧倒的に多いと推定できます。それが運良く化石に残ったのが系統樹の側枝なのでしょう。多いということは消失せず過酷な環境に生き続けるかもしれないからです。これも生物の変異の一つであり、そのひとつの例が摂氏7080度に生きる高温耐性細菌なのだろうと推定しています。それ以外にも乾燥、深海あるいは貧栄養状態に生きる生物の例があります。

 以上の如く獲得形質は、地球環境から生命が生じて以来、常に変異し、変異が定着(記憶、保存と遺伝性)する過程において生命の基本的な性質であり、適応放散し進化する基礎となるのです。